昔、切井の或る村人が、山仕事を終り疲れた足どりで帰る途中、岩がゴロゴロした所(ごうろす)にさしかかると、突然、上の方から岩が落ちてきて村人の頭にあたり、その場に倒れてしまった。人事不省になって一時(ひととき)もたったろうか、村人の夢枕に弘法大師が現れて、
「わしは、この附近に祀られていた、石仏の弘法大師である。明治初めの廃仏毀釈によって、首をはねられ、地中に埋られてしまった。もしわしを地中から救い出して、祀ってくれるなら切井の子どもの疫病を治してしんぜよう、又これからも子ども達がすくすくと育つようにしてしんぜよう」
と言うとスート眼前から姿が消えてしまった。程なく村人は正気をとりもどした。
この頃、切井一帯に一~三才位の幼児に疫病が流行し、親の悲しみをよそに、そこここで、次から次へと死んでしまい、子どもが育たなかった。
一方深手を負った村人は、長い時間をかけ、夕闇迫る山道をはうようにして、村里にたどりつき、心配していた家族に助けられて縁先に寝ころがり、早速一杯の水をグィーと飲みほすと、やがて体を起して、山中でみた夢の弘法大師のお告げを、ポツ、ポツと家の人や隣近所の人に話した。これを聞いた村人は、驚きと共に無事に帰宅した事に安堵した。翌日になって相談の上数名が連れだって、山に登りごうろすを中心にして、弘法様をさがすと、岩山の片すみに埋められた石仏を見い出した。土を払いよくよく見ると、立脈な立弘法大師の仏様である。皆の者は力を合せて、高台の石の上に運び上げ、ねんごろに祀って、念仏をとなえて参拝して山を下りた。
するとそのご利益があったのか、子ども達の疫病はすっかり影をひそめ、各家で子どもが丈夫に育つようになった。
今でもこの弘法大師様に願をかけて、病気を治してもらった人は数知れず、十一月二三日の大師講の日は申すに及ばず、毎月の三の日には参拝者が多いと言われる。
現在は、隠居山の中腹・大巌石の上に金属の笠をかぶった立弘法様が祀られ、最近前に立派な参持殿が蘇原地区の信者の浄財によって建立され、仏前の祭壇には、真新しい生花が供えられ、線香の煙が立ちこめている。

| 書籍 | ふるさと白川 もくじ |
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| 発行 | 白川町中央公民館 (現 白川町町民会館) |
| 編集 | 白川町ふるさと研究会 |